2015年6月30日火曜日

お稽古_⑨ 小稽古 映像学習

月曜日は、僕が「居杭」を勤めたときの映像(8ミリのオープンリールからDVDに変換したもの)と写真アルバムとを観ながら、解説をしました。

居杭(登場人物名です)の型の起点となる、キーワード(科白)を、僕が言いながら、「この言葉の時に、相手の人は○○の動きをするから、居杭は××の動きをするねんデ。」という感じでね。

居杭には「算置(陰陽師)」が出てきますが、この算置が唱える呪文(?)なんかも、息子殿には楽しいみたいですね。意外とそれを覚えてるみたいでしたし(笑)
☞これは良い傾向です。算置の科白が、型の起点となるものがいくつかあるので。

そういえば、僕が「居杭」で印象深く覚えてるのは、祖父の主宰していた「高和会」のお社中が、毎週「居杭」の稽古に来られていたのですが、稽古も終盤に近づいてくると、僕も一緒に稽古に混じるんです。
で。居杭には、捕まえに来る相手の手の間をすり抜けるように逃げる型があるんですけども、僕は本気で逃げる気満々なんですよ(笑)
☞狂言の型だとまだ十分に分かってないのですね、きっと。

いつだったか、お社中がその捕まえる型をしてきたときに、「これやったら!捕まる!!」って思って、教えられていた型とは逆方向に逃げたんです(;^_^A
☞相手の方はオトナの人なので、その辺は「捕まりそうで捕まらない」ように加減下さるのですけども(^-^; 
なにをやっとんねや、言われたとおりせんかい!(゜Д゜)
と、祖父に半ば呆れられつつ叱られたのが、 思い出でございますなぁ……。
きっと、このお社中の方もきっとビックリなされたことでしょう(笑)
いやぁ、ホンマに稽古の時で良かったです(爆)立ち稽古になったら、息子殿に「変な動きしたらアカンで!」って教えとかなあきませんね(笑)
☞今でもこの方には、徳讃会にお越し頂いているので、懐かしく御覧頂けるのではないでしょうか。

いずれにしても、僕にはハラハラドキドキの思い出深い演目なのです(笑)

2015年6月29日月曜日

昔取った杵柄

日曜日は、かねてからの息子殿の念願でもあった「ザリガニ捕り」へ。

かつて、とーちゃんがザリガニを山ほど釣ってた水路は、ことごとくU字溝に置換されてしまっていて、ザリガニも捕れなくなりました(>_<。。。

そんなわけで、ポイントを替えて、以前妻がザリガニの死骸などを見つけたという水路へ。
そこも、コンクリ製の用水路となっていて、ホンマにおるやろか?と、あまり期待もせず水路沿いを歩いていました。

何カ所かに山の木の根が水路に入り込んで、白い根っこが水中に広がっていたので、もしザリガニがいるとすれば、ここかな?と数ある根っこの塊の中から、直感的に網を入れたところが、見事ビンゴ!
発見したのは、息子殿でしたけれども(;^_^A
→素早く捕ったのはとーちゃんだ。

その後、僕がもう一匹を見つけたので、網を使った捕らえ方をレクチャーしながら2匹目をゲト!!

あと、ヌマエビが山ほどと、変な感じのおそらくヤゴ数匹とサワガニ、ヨシノボリ?1匹が獲れて、蛇も見られたし、息子殿も大満足で。

本日の獲物。
これが、息子殿の見つけたヤツね。結構立派で大きい。
自分で獲れるようになったら、もっと楽しかろう。
左に見える細いのが、ヤゴ?らしき生き物。ミズカマキリではなかった。
こっち、とーちゃんが見つけた方。メスかな?

昔取った杵柄。僕の目と獲る技術は衰えてなかったみたいですわ(笑)

息子殿の獲物を弁識する能力も磨かれているようですし、さすがだと思いました。

ただ、何でも無造作に素手で掴もうとするのが、ちょっと気になります。生き物には、刺す、咬む、有毒なのがいるのですよね。

そんなわけで。
とーちゃん、身体を張って、無造作にザリガニに手を出すとどうなるかを見せてやりました。
思ってたより痛かったですorz

お稽古_⑧ 大稽古:何その、勝ち誇った感じ…(苦笑)

だいたい土曜日は、朝イチに舞台の掃除をして、まずは僕の稽古なんですね。師匠には東京の善竹狂言会の演目の稽古も付けてもらうので、そこでしっかり声を出してから、花子の稽古にうつります。

もうねぇ……。
弱音は吐かないよ。(つ よ い こ だもん!)
まぁ、イメージだけお伝えします。
僕がいつも稽古の時に心象に浮かぶ光景って、刀鍛冶が刀剣を鍛造してるような感じなんですが…。(かっこ良すぎる? 笑)

花子の稽古は、いつも必ず、フルボッコになってますね(--;)
→どっちかっつーと、刀剣でなくてサンドバッグの方が正しい?
みんなさ、毎週1回1時間以上、マンツーマンで父親と向かい合って、叱られてみたらエエねん、ホンマ(笑)
はい。まぁ、そんな感じッス。

午前はだいたいそんな風に終わってしまうので、息子殿へは午後から稽古を付けることになります。僕が稽古の足袋を脱いでるところに、
とーちゃん!おれのおけいこ、じかんないし、おひるからでええで!!
とーちゃん!じぃじに、めっちゃおこられてたな!!ニヤ(・∀・)ニヤ
って(笑)
なんや、聞いとんねんなぁ…。僕の方はまぁ、苦笑いですわ(;^_^A
気を遣ってるのか、面白がってるのか分かりませんけども、とーちゃんは、初めからもぅ、昼からの稽古のつもりです(自分の稽古だけで、既にお腹いっぱいです)

で。昼から、息子殿の稽古でしたけども。
時々、気になる発声があるものの、調子もだんだんと分かってきたように見受けられます。
「居杭」は登場人物が3人になるので、その3者がてんでに科白を言い、科白が折り重なるときがあるんですよね。科白のイメージができてきたようなので、ちょっとまた、僕の「居杭」のDVDを見せたいですね。

月曜の小稽古は、DVDにするかなぁ…。

2015年6月26日金曜日

お稽古_⑦ 小稽古:稽古に臨む姿勢

月曜日、体調不良のため小稽古は1回スキップして、今週の小稽古は木曜日でした。

年長さんともなりますと、いろいろと知恵がついてきまして、こざかしくなってきますね。
今回は勝手に稽古を仕切って、己中心に進めようとしますので、叱りました。

途端に、
なんか、しんどくなってきた……
とか、言い出す始末(-_-)
「舞台の上では、誰も助けてくれへんぞ!シャキッとせんか!!」と告げると、腹を据えてやるんですがねぇ(−−;)

7月上旬、遅くとも中旬までには科白を覚えてしまって、立ち稽古に移り、8月下旬〜9月からは、じぃじ(算置役)を交えて、立ち稽古を進めたいところですが……。こっちも「花子」を抱えててテンパってくることでしょうし(’’;)
一度、カレンダーを眺めながら、キッチリとリスケジュールをせねばなりませんねぇ。

目下、第9回徳讃会のチラシ原稿などを作っております。創立50周年記念ですし、第9回では解説も無いので、それなりの内容にせねばなりません。
あ!そういや、御披きの扇は、どうなってるんだろ!?

などと、プレイングマネージャーはですね、段取りに気を揉むわけですよ(笑)
→道理で白髪が増えるはずだよ(._.)
→“ The 器用貧乏”、ここに極まれり。

2015年6月22日月曜日

お稽古_⑥ 大稽古:いつものことながら……。

息子殿。
どうやら、体調の不良ということもあり、稽古が嫌だったみたいです。土曜日の朝からおむずがりと頻尿でして^^;
しかしながら、妹との「たいそうおけいこ」はものすごく楽しいみたいですね(-。-;)
一日の長というのもありますかね(笑)

まぁ、精々テンション上げて、稽古に臨んだらええわ。と思いまして、楽しく朗らかに過ごすことを念頭に「たいそうおけいこ」を行いました。

この間の小稽古の折に、「“居杭”の話の筋はだいたい分かった?」「どんな感じのお話か、分かってきた?」「今までの太郎冠者とはちょっと違うやろ?」と尋ねてみました。
ぜんぜん、わからん。
むつかしいねん。
と、言っていましたが、少しずつ音の並びの感覚は掴めてきているように思えましたので、前回よりも、今回はもう少し長めに区切って、口授することにしました。
本人が言うよりも、だいぶよく把握できているようなので、少し安心したのですが……。

午後から8度5分近くの、本気の熱発と(--;)
通りで、朝もぐずってたわけですね^^;
この間から、ムスメと息子殿と交互に風邪を伝染し合っているかのように、熱を出しております。
この分だと、月曜日の小稽古もまたお休みですorz (まぁ、その分、僕は自分の稽古に専念できますが。)

僕はといえば……。
声が出るだけではダメなんすよねぇorz 身体の方は呼吸器系を目下トレーニングしていますので、息苦しさというのはあまり感じないですが……。
しかしまぁ、稽古の様子を聞いてた妻が、「よう、あんなん謡えるなぁ。」と感心しているようでしたが、いやいやいやいや、まだまだなんですよ?あれ。

リアル山ノ神に『花子』という演目の寸評を聞かされるというのは、何だかシュールな状況であるなぁ……と、思った次第です。
我が師の言うような音が出せるよう、鋭意稽古に取り組みたいと存じます。

さてさて。
今週、水曜日は半日勤務にしたので、普通自動車運転免許の更新に行かねば。
もう5年も経つのですなぁ…。

2015年6月18日木曜日

お稽古_⑤ 小稽古:少し長めのフレーズで。

「たいそうおけいこ」と、「居杭のお稽古」を行う日でした。
こうして、お稽古の前には2人ともごあいさつをしています。
稽古場は、脇正面の座敷です。





月曜の小稽古はスキップしたので、水曜(17日)が今週初めての稽古日でした。
息子殿も、少し居杭の科白に耳が慣れてきたように見受けられましたので、今回(もう5回目ですな!)からは少し長めのフレーズで区切って、科白を反復させるようにしました。
そうするとだんだんリズムができて、稽古も進めやすいように見受けられました。

算置(さんのき)の使う「算木」(さんぎ)も蔵から出してきて見せたし、居杭頭巾も出してきました。
そうそう「算木」というのは、算置(陰陽師)が使う占いの道具です。ジェンガよりも細長い、積み木のような形をしています。
「居杭」もなかなか凝った演目ですので、ぜひぜひ、お楽しみに!(´∀`)


いずれにしましても、稽古はボチボチと粘り強く継続していくしかないですねぇ(;^_^A

2015年6月15日月曜日

ありがたき、仕合わせ。

個人的なことで恐縮なのですが、鍼灸の専門学校在籍時に御指導頂いたH先生から、6月12日にお電話を頂戴する機会を得ました。
在学中に先生から、(この時先生は、何度か千五郎家の狂言を御覧になったと仰っていましたが。)
「狂言に登場する人物の生き様が、現在を生きる我々の悩みを解決するヒントになったり、救いになったりするように思う。」
「今、パッと何かそういう話を思いつかんか?(笑)」 
というお話(要旨。たぶん、こんな感じだったように思います。)を、個人的に聞かせて頂いたことが非常に印象に残っていました。
当時若輩の僕には、狂言のテーマと現代人にも通底するような逸話を、サクッとかいつまんでお話しすることができなかったのですが(たぶん、今もすぐには^^; )、やはり僕の目指すべき狂言とは、この普遍性の追究であろう。と改めて決意するに至った会話だったように思います。

閑話休題。
この度、先生は再び専門学校にご赴任なされたとのことで、狂言と笑いと健康 をキーワードに、何か在校生と一般向けの講演をしてもらえないか。という打診でした。(別に雑誌見たからとはちゃうで。と、笑ってはりました。→医道の日本社「月刊 医道の日本3月号」に掲載されました。という記事も併せて御覧下さい。

頼まれごとは試されごとであり、不肖の教え子を長年にわたり、お気に掛けて下さっていたわけですから、引き受けないわけにはいきません!!

……が。
なんと、今年の10月18日(日)に御希望。ということで……。
その、1週間後10月25日(日)には、私儀、一世一代の!?大舞台とも言うべき、「花子」の披き(初演)を控えているのです。(第9回「狂言を楽しむ 徳讃会」 於:善竹能舞台)
誠に、断腸の思いでありましたが、この度はお断りを申し上げることに致しました。
本当に申し訳ありませんでした。

「花子」精一杯、勤めたいと思います。

お稽古_④ 大稽古:何だか、果てしない感じですなぁ(--;)

今さら弱音を吐くではないですが、息子殿のこの状態を、何とか舞台に上げられるようにしなければならないわけですよね。うーむ。なかなかに大変そうです。
今回の「居杭」は息子殿にとっては長いでしょうし、他の登場人物同士の掛合の間に、あるキーワードを起点にして居杭(という、登場人物の名前ですね。→それが、演目の名前にもなってます。)の科白や型が挟まってくるので、それを上手く理解させることができるのか……。
なかなかのチャレンジでございますよ(--;)
目下も、科白の反復の中に、「このタイミングにこの科白。」というイメージをチョイチョイ織り込みながら、心の準備をさせていますが、立ち稽古に入った時にどうでしょうか……。

いずれにしても早く科白を覚えさせたいものなれど、例によりまして、息子殿はお熱を出しておられたりします^^;
月曜日の小稽古は、お休みになります。

まぁ、仕方ないですね。
所与の条件の中から最善手を探すしかないと思料する次第です。できることしか、できませんわな(;^_^A

と、いうわけで。
僕はこの際、自分の身体のメンテナンスを重点的に行うことにします。
きっとそれが、効率的だわ(*^^)


2015年6月12日金曜日

お稽古_③ 小稽古:やはり、引っかかるなぁ。

えー。前回の「ん」+「は」が「な」に変化する話の続きですけども、やっぱりちょっと変です^^;
お笑い芸人に腹を立てたりする人なんて、まぁいないと思いますが、「エラいことしてくれたな(*`Д´*)」と、初めてヤツらを心底憎みました(笑)
☞誠に勝手ながら。

というて、あまり枝葉末節にこだわりすぎてると、全体の流れの把握と他の科白を覚えることが進みませんので、そこそこにそれは訂正しながら、一先ず近しい音でできたときにはサラリと次に進む感じで行っています。

また、語彙が少ないということもよく分かりますね。子どもだから。
少々違ってても、自分の知ってる語を言うてしまうようですね。知恵がついてきたのでしょうか(笑)

いずれにしても、
『二字め上がりの三段起こし』
は、基本の「き」ですので、そこはやはりキッチリと基礎を培っておきたいように思います。
ただねぇ、長いセンテンスは、オウム返しに繰り返させるには、途中で忘れてしまうし、かといってブツブツ切って言うと、この基本が損なわれてしまうというのも、何とも悩ましいところです。

もう少し慣れてきたら、また違った感じに進められるように思います。
稽古での亭主役は僕の担当になりそうですね。いろいろ並行して覚えなきゃ(笑)
目標では、6、7月中には覚えきってしまうよう、息子殿の稽古を進めたいと思います。


僕の方は……。
久しぶりに花子の稽古をしてみました…orz
「山ノ神」のイメージにぴったりの人物(特に秘します^^; )が脳裏に思い浮かんだので、
ハハァ……ナルホド。
ほんに、狂言は上手いことできてござる…。
と思いながら稽古をいたしました。

少し慣れてきたこともあるのでしょうか。ちょっと楽な感じがしたのですが、気のせいでしょうか^^;

前にも上げました、これ。
「0」レベルは、楽にこなせる感じになったので、負荷を「1」に上げてみました。

朝、起床後に腹筋・スクワットを一通りやってから、階下に下り、窓を開け腰に手を当てて、庭を眺めながら、牛乳瓶の牛乳を一気飲みするような感じでスーハー、スーハー、やってます。(あと、職場から家に帰ってきてから。)

30呼吸/セットを毎日2セット、4週間で、効果が実感できるみたいです。(今でも効いてきてる気はしますが…。)
早いうちに詞章を覚えてしまって、次の段階に進まなくては……^^;

2015年6月11日木曜日

そろそろ、メンテナンスが必要ですかな。

はー。ようやく、ようやくと一段落です。
10日(水)は当地はよく晴れましたので、これを好機とみて、装束・御道具の類いを畳んで、蔵に収納することに。
先月の徳讃会から舞台の周辺、楽屋:鏡の間周辺は少々ゴチャゴチャしてましたが、ほぼ、ほぼ片付きました。

昨年の12月からの北海道出張公演の段取りと並行して、5月の第8回徳讃会の諸々をプレイングマネージャーとしていろいろやってきましたが、少しここでペースダウンできるのか……な?
☞しかしまぁ、世のデキる人々に比べると、僕ごときはとうてい足下にも及びませぬが……。

ポンコツの我が身体も少々疲弊気味でございますなぁ。右肩(たぶん、いわゆる四十肩の類い。そういうお年頃♡)・左腰(たぶん筋膜性の腰痛)がどうもいけませんね。右手首あたりもこの感じは長母指伸筋腱の腱鞘炎だろうなぁ…。重い荷物下げて移動したもんなぁ。

近々、マッサージを受け燃料の投下(※説明しよう!一般的には“ビール”と呼ばれている、麦とホップを主原料としたアルコール飲料を体内に取り込むことで、善竹徳一郎は、体内の活性が20%ぐらい、たぶん向上するのだ!!)をせねばなりますまい。

独りで片付けていますと、
息子殿がやってきました。
とーちゃん!きょう、おけいこあんの???
と、尋ねられましたけども、「今日は、装束畳んで終うから、お稽古はナシです。」と言いますと、
また、とーちゃん、てつだったるわ!!
と。息子殿はのたまいました(笑)
「手伝ったるじゃなくて、オレが畳みます!と言えるようになろうぜ!!(笑)うちの大事な御道具やで?」「また、たたみ方教えたるわ」と言いますと、神妙にうなずいておりました。
☞ま、個人的に嬉しかったのは確かです(≧∀≦)/

自主的に我が家の仕事にコミットしてくれるのは、ありがたいことです。
☞そうやって、我が家の当主として育てられてしまうんですなぁ……あははは(笑)

ただ、ちょっとお利口さん過ぎるんではなかろか(笑)
これはきっと、思春期にかつてないほどの強大な反抗が見られるのではなかろうかと、それはそれで、ちょっぴり心配な今日この頃でございます(爆)

2015年6月10日水曜日

北海道出張公演(6/4〜6/6) その②(そして、たぶん長くなる。)



— 6 月 4 日 —

今回の出張は伊丹空港から。
手荷物を預入時に計量したら、22kgありました(;^_^A
さすがに、重いです(>_<。。。
頑丈なトランクを買っておいてよかったです。
伊丹では晴れていたのですが、札幌/新千歳空港では、あいにくの曇天と、小雨のぱらつく感じ。
その①でも少し触れましたが、鮭・鱒漁を営む、石橋嵩文氏がお迎えに来て下さいました。

少し観光しますか?という御好意に甘えて、空港から支笏湖へ向かうことに。
鬱蒼とした森林の中をひた走り(実は、関西の感覚で思ってましたので、もっと近いのかと考えてましたが、意外と遠かった 笑)
沿道にはこういう、巨大なフキの葉が生い茂っています。
(石橋曰く、山菜採りなどもすぐにできるとか。そして、シカや熊にも遭遇する可能性は高いそうです^^;)
手近に撮れるチャンスが無かったので、こういうのしかないですが、ホントはもうちょっとデカいです。

アイヌの昔ばなし(伝説?)でコロポックルという妖精(?なんかな???)が登場しますが、コロポックルが傘代わりにしてたというのも、然もありなん。という感じです。
支笏湖の説明は、リンク先に任せるとして……とても透明度の高い、綺麗で清々しい湖でした。

まだオフシーズンなのでしょうか。キコキコスワン(個人的に写真のような足こぎボートの類いを、そう呼んでます。)には、乗れませんでした(笑)

スワンが「支笏湖へようこそ」と言うてはりましたので、「はい。よろしくお願いします。」と答えときました(笑)




そして、これがチップ(ヒメマス)の定食です。
支笏湖で朝獲れた新鮮なチップを出してもらえます。

身はホロホロとほぐれて、綺麗に食べられます!
関西で淡水魚と言えば、鮎の塩焼きを食べるくらいしか思いつかないですが、これは美味でございました。

支笏湖からホテルへ向かう際に ラルマナイの滝 という滝も観光しました。なんでも、源義経とも関係があるとか……。
何気に、こういう立て札がしれっと出ています。
本州でクマと言えば、ツキノワグマなんでしょうが……。
さすがに ブラキストン線 (という、津軽海峡あたりの動植物の分布境界線)を越えると、ヒグマのことを言うのでしょうな。(ブラキストン線は石橋氏の解説の受け売りです^^; )
こちらは、道民のソウルフードならぬ、ソウルドリンクだそうです。
僕は初めて見ました。

コカコーラの感覚で飲むと、意表を突かれます(笑)
そして、羊ヶ丘。
有名な、クラーク博士像です。
クラーク博士のさらに向こうの方に見える銀色のが、札幌ドームです。

クラーク博士像を激写する人々を激写してみました(笑)
向こうの方が石橋氏です。
手前が、我が父なる人です。
この後父は、クラーク博士の足下で、クラーク博士と同じ格好をして写真を撮ってもらっていました。

(……僕は、そっとキョリをとったです。)
ま、そんなんでね。
いっちょ、大志でも抱いとくかぁ!!



海 賊 王 に !!
オ レ は な る っ!!(違)

ホテルに着きますと、チェックインの後、早速、装束を取り出し、素袍や烏帽子の準備をし、御道具を組みましたよ。

これは、製図を入れる筒に収納した小さ刀です。このたび、見事役割を果たしてくれました!
真ん中の、トランクの収納把手のフレームのある横が頑丈と思われたので、昆布売の昆布を取り付ける竹を入れています。
分解して収納した太刀は下の緑の袋に入っています。

— 6 月 5 日 —

これが噂の さっぽろテレビ塔 です。
実は僕、寡聞にして存じませんでした(;^_^A

そして。
これが、札幌市時計台 …の、一部(笑)
肝心の時計の部分が写っていません!(爆)
そして。鮨富士さん。
とても、素晴らしく、美味しいお鮨をいただきました(≧∀≦)

また、東京の善竹狂言会のチラシを送らせて頂きますm(__)m
著名な方々も多数見えられるそうで…。
EXILEや原辰徳監督の間に……。
済みません(..;)

こういうの、書いたこと無くて(--;)
お店の格が下がってしまうのではないかとちょっと心配しています(>_<。。。

 — 6 月 6 日 —

この日は、主催者の専聖寺ご住職の御厚意にて、日高地方の牧場を観光へ。
競走馬を多数輩出しているというこの地方は、実に広大でした(°□°;)
仔馬もたくさんいましたよ。
この矢印、何だと思います?

雪が降り積もった際に、道路の路肩を知らせる標識だそうです(°□°;)

そもそも、道路の端っこがワカランくらい雪が降り積もる……という感覚がイマイチつかめませんが(笑)

道路標識や地名でも北海道はかなり楽しめます(≧∀≦)
お馬さん。
ちょっとだけ、撫でさせてもらいました(*^^)

やっぱり、山羊よりデカいです(当たり前か。)
☞実は昔、家で山羊を飼ってました(;^_^A 

それにしても、いい天気です(*^^)
そして!
見よ!!この巨大なエビ天を!!!Σ( ̄□ ̄;)
こんなん、初めて食べましたよ。
美味でございましたぁ〜。(>_<)
広大な牧草地から、空港へ向かう途中でキタキツネが!!
ピョコピョコと跳んでいくところを見たのですが、写真を撮れたのは、これだけ(;^_^A

はい、そこ。
「ちっさ!」とか言わないの!!(笑)
何だか、嬉しかったです(*^^)
ただ、エキノコックスだっけ?寄生虫を持ってる可能性があるので、手出しはしないことが鉄則だそうです。

家に帰って、妻にその話をしたら、
「ルルルルル…って呼んでみた?」と聞かれました。

何のこっちゃワカランかったですが、今検索して知りました(;^_^A
あ〜、そーゆーことだったのね(笑)
田中邦衛め。(確か青大将だよね。cf.若大将)
図らずも、オグリキャップのお墓も参拝できました。
(wikiの内容を見ると、スゴいですね。)
活躍したお馬は、お墓もでっかかったです(法要もすごかったそうですねぇ)
かくて…
三日間にわたりました北海道出張公演も、
無事に終了して伊丹まで帰ってきたのでした。
専聖寺御一統様、誠に御疲れ様でした。
そして、お世話頂いた皆々様、本当にありがとうございました。
初めての北海道。素晴らしかったです!!
(やっぱ、北海道はでっかいd……とか言った方がよい?)

2015年6月9日火曜日

北海道出張公演(6/4〜6/6) その①

最初にお話を承ったのは、昨年2014年の12月9日頃でしたか。
大蔵流狂言方の茂山良暢氏からメールにて照会があり、「長德師を探している島義慈さんという方に、そちら(当法人)の連絡先を伝えてよろしいか?」という内容でありました。

我が師に尋ねると、連絡を取ってこられた島義慈氏は、父とは龍谷大学在籍時の同窓であり、早速に当方の連絡先を伝えてもらうように言ってくれ。とのことでした。

ちょうど、昨年12月10日〜11日は岐阜県養老町立上多度小学校へ、文化庁関連事業のワークショップに伺っていた時期(☜リンク先御参照のこと)であり、我が師が出先から連絡を取りますと……。お寺で主催される全道大会でのレセプションで狂言公演をお願いできないか…。という打診でありました。
誠に有り難いお申し出に、二つ返事で承った次第です。
浄土真宗東本願寺派 専聖寺 御住職 島義慈氏、坊守の島則慧氏には、この度のご縁を賜りましたこと、改めて篤く御礼申し上げます。

特に坊守の則慧氏は、色々な段取り・コーディネートを一手に引き受けられており、僕との連絡役もこなすという、実に八面六臂のご活躍でした。我々がスムーズに舞台を勤めることができたのも、ご尽力のたまものと思います。

会場は、北海道のシャトレーゼ ガトー キングダムという、とても豪華なホテルでした(゜o゜;
同ホテルの法人セールス部マネージャーの、山本氏には、色々とご提案や細やかな情報をご提供頂き、舞台・楽屋の設いも手掛けて下さいました。この場を借りて御礼申し上げたいと思います。

さてさて。
山本氏からお話を伺うと、横1.2m×縦2.4m×高(1.0m、0.4m、0.2m)のブロックを適宜組み合わせ、ステージを組み上げる仕様となっている。ということでした。
これを聞いて、僕は我が意を得たり!!と思うたのでした。

我が師と舞台高を相談した結果、1m高とし、実際の比率に即したサイズで、ザッと左のような図面を描きましてね。能舞台の形にステージを組むことは可能か?と上述の山本氏に尋ねたところ、可能であるとのこと。
☞しかもちょうど、好都合にも18ブロックあったのですよねぇ!(図面は最終段階のものですが、スタンドマイクが要らないくらい声はよく響くホールでした。)

また、舞台のバックには幕などを吊るための懸吊機構(アートバトンと仰っていました)も備わってるとのこと。
これなら、我が家から【影向の松】の背景幕を吊すことも可能であろう。と思われましたので、法人の備品である幕を使うことになったのです……。
☞作ったは良いけど、全然機会が無くて、実は今回が初使い(爆)

そして、出来上がったのが、こういう舞台です(笑)
いやはや!なんか、良い感じですね!

当法人の「背景幕」はですね、善竹能舞台の「影向の松」の縦横比率を少し変更したものです。
また能舞台における鏡板の「影向の松」は、茶色の板に描かれているため、板目を再現して茶色地に松を描いた幕も散見するのですが、当法人の幕は、古くは能楽が屋外の老松の下で演じられていたという故事にならって、青空を模した、水色のグラデーションになっています。
☞え!?解説のネタになると思ったからです(嘘)

これは、楽屋(鏡の間?姿見があるので 笑)から舞台の方を見込んだ感じです。
こっちは、橋懸かりに繋がるステップも用意されています。

そうそう。
当法人の幕は、上辺が袋加工されており、組み立て式のφ30mmのポール(アウトドアメーカーの、スノーピークに無理を聞いて頂きました。☜やっと使えました!ありがとうございます!!を通しますが、それを前述のアートバトンに結わえ付けるのに、鮭・鱒漁師の石橋氏の御手を拝借しました。

立派なお家柄のご一族に連なるお一人なのですが、漁師をなさっているという、実にユニークな好青年でした。

そして漁師さんということもあって、ロープワークは御手の物なのです!
☞いやはや、スゴかったですよ(笑)
写真を撮る前に、吊り上げられてしまって(下ろしたときも石橋氏が実にテキパキと片付けて下さったので)写真が撮れなかったですが、荷重がかかるほど締まるという結び方をして下さいました。

えー。こちらが、「昆布売」のシテ、大名を勤める我が師でございます。お腹には栄養が詰まっています。ラクダのこぶと同じです(たぶん^^; )

そして、見所(客席)は可動式にひな壇になるという座席でしたΣ(゜д゜

舞台を組み上げたホールの隣がメイン会場。こちらでは、主催者の島氏からごあいさつがあり、淺田恵真和上 (本願寺派勧学;龍谷大学教授;文学博士)の御法話が始まりました。

御法話の第1部は会場で拝聴できたのですが、第2部(御講演の核心部分)は残念ながら、装束付け等の準備のために失礼しました。
実は、壁を隔てて声が漏れ聞こえてくるかと期待してたのですが、見事な防音設備で(;^_^A

残念ながら、第2部は拝聴は叶いませんでしたorz
本当に、残念です。


舞台の方は……。
ええ、ええ。いつも通りに雰囲気を楽しみながら勤めることができました(笑)
平家節のちょっとオマケもありましたね(爆)
☞ってか、急きょ前説をする事になり、僕自身は随分と妙な汗をかきましたが、どうでしたでしょうか?(;^_^A 

いや、ま。それはさておき。
ご鑑賞頂いた皆様には、“謡い物”の醍醐味をご堪能頂けたのではないかと存ずる次第です。
なかなか北海道まで伺う機会がなくて、道民の皆様には御鑑賞を頂くことも少ないのですが、お声が掛かれば参りますので、どうぞ御遠慮なくお問合せ下さい。

って、さり気なく、販促して終わりにします(笑)

2015年6月8日月曜日

お稽古_② 大稽古:「んな」の音

さてさて。
実は6月4日〜6日まで、北海道へ出張公演へ行ってきたのですが、それはまたの機会に書くとして。

7日(日)の大稽古のことです。
既述の通り、狂言「居杭」(いぐい)は型も多いですし、舞台上でいろいろやることがあります。
まずはしっかりと科白を習得せねばなりません。
例によりまして、師匠の詞章(※ダジャレではありません。たぶん。)をそっくりそのまま、オウム返しに発声することから始まります。

今季からはムスメも“たいそうおけいこ”に参加することとなり、僕と息子殿、ムスメの全員が足袋を履いて舞台に上がり、軽く身体を動かすことから始まります。
そして、ムスメが稽古から外れると、息子殿と対面しての科白の伝授に入ります。

さて、狂言の科白には、以前にも触れたかも知れませんが、《前の言葉の語尾が「ん」で終わる場合に、次の言葉の先頭が変化する。》法則があります。
具体的には……(ってすぐに分かりやすい事例が出てこないな^^; ) 例えば「今、参る分は…」という語の並びでは「まいるぶ」+「は」が「まいるぶんな」と変化するわけです。

ただ、これが。別のフレーズですけども、息子殿に変な癖がついていまして。
某・お笑い芸人の、歌の物まねをしてた“調子”が残っていて、「大蔵流狂言の調子」ではないのですね(-_-)
どうしても、そちらに引きずられる感じなるわけです。

そして僕が「ショーモナイ、アホみたいな歌を歌って変な癖がついてしもうたな。」とボソッと呟いたことが気になって、悩んでるみたいでした。
8日(月)の朝も悩んでるようだったので、ちょっとずつ直していったらいい。まだ始まったばかりや。と申し伝えたのでした。

まだ若いですのでね、きっと改善されます(≧∀≦)

2015年6月2日火曜日

お稽古_① 小稽古:いよいよ、2ndターム突入。

はい。6月1日(月)から、第9回「狂言を楽しむ 徳讃会」(本年10月25日)に向けて息子殿のお稽古を開始することになりました。

でもまぁ、初回は導入として考えていましたので、科白の稽古ではなく映像資料を見てから。

横着して、iPhoneでスキャンしたので、画像が扁平になっていますが……。(右手に持ってる頭巾がスペシャルアイテムなのです。)
ちょうど高和会(祖父主宰の狂言会)の20周年に僕が居杭を勤めたときの8ミリ映像をDVD化したもの(無声)と、記録写真を引っ張り出してきたのでした。

昭和57年の6月20日ですので、僕はまだ6歳ですね。
☞この写真は、あまりお手本としてはよくなくて、どっちかと言うと、悪い見本ですにゃ(;^_^A 

なかなか「居杭」の写真が蔵の中の所定の保管場所から見つからず、“あの、記録魔の祖父さまに遺漏があるだろうか!?”と家族総出で探しまくったところ、別冊になって独立したアルバムになっておりました^^;

じぃじ(我が師)も「ワシも観よか。」ということで、僕が居杭をしたときの映像を観ながら解説を加えてくれました。
前にも申し上げましたが、なかなかスリル満点の舞台だったように僕は記憶しています。(それだけ、“居杭の気持ち”になっていたのか!?笑)

ひとしきり映像と写真を見てイメージをふくらませて、1回目は終了としました。

これは、先だって僕が所用で出た折に、面白そうなシールを見つけたので、求めたものです。
もちろん、息子殿は、左のやつです。(右はムスメ用)

卵の黄身が何やらいろいろやらかしてるイラストのシールです。
大きいものから小さいものまでバリエーションがあるので、スペシャルなシールとしても使えそうです。





「居杭之伝」です(笑)富士山の薄紙は、息子殿が選んだそうです。


なんで、ケツ丸出しのたまごさんを初っ端に選んだのか!?
さすが出オチ系の面目躍如と言ったところか!?
ムスメには「たいそうおけいこのでん」を。
別に体操してないけど、まぁ、おとなしく観てたので、シールを貼ることを許可しました(笑)














僕の方は……
はい、こちら。
また変なモン買って…。と言われそうですが(;^_^A
肺活量強化アイテムです。

ウェルネス(軽負荷)>フィットネス(中負荷)>スポーツ(重負荷)と三段階ありましてね。
フィットネスと迷ったんですけども、狂言方って意外とアスリートなのは、このブログが【釣狐】日記だったころの記事を読んで頂くとして、花子のシテを勤めるにあたっては、やはり心肺機能の強化が必須かと思いまして……。

中負荷と重負荷と迷いましたが、重負荷にしました。
僕の肺活量ぐらいなら、重負荷の「0」レベルは割と簡単にこなせてしまいました。もうちょっと、楽にこなせるようになってきたら、負荷を上げていきましょう(*^^)


2015年6月1日月曜日

【御礼】法人設立5周年【多謝】

5月31日(日)は、一般社団法人高和会善竹能舞台の設立日でした。
思い起こせば、2009年に第一子に男児が生まれ、今のままじゃあイカンな。と一念発起し、祖父玄三郎、父長德を説得して2010年に設立したのでした。(ホントは、もう2、3年早くやりたかったんですけどね^^; )

ちょうど、法人に関する法律の改定が行われた頃でもありました。「寄付行為」が「定款」という呼称に統一されたり、一般法人と公益法人の分離?など、諸々あったように記憶しています。法務局の担当者も法律が変わったばかりで、実務的なルーチンが確立しておらず、いろいろあーでもない、こーでもないと相談しながら設立登記を行ったような……。

そうそう。定款の起草も、ほぼ僕が一手に担いましてね。寄付行為(定款)に記するべき法人設立の趣旨(理念)というのは、“たとえ100年後であっても、設立者の篤い心が伝わるものであるべきだ!”という内容を、どっかのサイトで拾い読みしたこともあり、割とクサい内容になっているかと思います(笑)

祖父や父(我が師)にも理事に名を連ねてもらい、一般社団法人高和会善竹能舞台はスタートしたのでした。
なぜ5月31日なのか。それは実は、善竹玄三郎の生誕日でもあるからです。

まぁねぇ…。いろいろと、法人運営はめんどくさい(笑)ことも多々あります。報酬があるわけでもありません(号泣)が、きちんと社会にコミットした存在として、公的に身分が担保されているのは悪くないものです。

さてさて。
その法人運営に関して、31日には“定時社員総会”なるものを開きました。
平成26年度の決算報告、第8回徳讃会の決算報告などなどと、平成27年度の事業計画の確認、第10回「狂言を楽しむ 徳讃会」の開催日候補決定と出演者への打診、演目の決定などが行われました。

大まかなところでは、
今年の8月23日(日)には、試験的に「子ども狂言」の発表会(袴狂言?あるいはもしかすると、もっとラフに浴衣狂言とか?)を、復活してやってみることになりました。徳讃会では未就学児の鑑賞をお断りしている加減で、息子殿のお友達に見てもらうことも出来ないのですが、この日は当舞台の無料開放デーにしたいと思います。ホンモノの雰囲気を身近に感じてもらえる機会になれば良いかなぁ……。

また、発表会に引き続いては、長年にわたり当家で実施しているボランティアの人形劇とお地蔵様の御下り(お菓子)配りなどもありますよ。
加えて。地元の神服神社では夏祭りもあるそうなので、そちらにも立ち寄ってもらうことも出来そうです。

こんなことを、目下計画しております。
また詳しいことは、後日お知らせ致しまーす!お楽しみに!!(*^^)